御嶽山の信仰 【儀式】

【御嶽信仰】

御嶽信仰の構成要素として、次のようなものがあります。まず、御嶽山に祀る大神、諸神仏、霊神の三元的構造からなる神観念。そして、これらを象徴化した山や講社の祭壇、霊神場、そこに祀られた神像や図像、霊神碑などの施設。更に信仰を共有する行者(前座、中座)と信者(講元、世話人、信者)の人的組織、加えて信仰を具体的に表象した御嶽登拝、御座、護摩祈祷などの儀礼。以上のような諸要素の全体が相互に補完しながら独自の信仰体系を形成していると言えるでしょう。

【講社】

一言で言えば、信者が組織する集団のことです。主管者を先達、または講元と呼び、他に役員、教師、信徒総代、会計、世話人などで組織されています。「教会」と呼ばれるものも同じで、関東大巴講社、百間滝木曽教会など、名前は地域の地名などを冠する場合が多いです。


【夏山登拝】

私たちが神社や寺社へ参詣したりするのと同じように、御嶽信仰も一年を通じて行われますが、夏山登拝は聖地巡礼の旅であり、最も重要な行事です。7月最終土日、それから8月最初の土日は全国各地から白装束の信者が小集団や大集団となって御嶽山を目指してやって来ます。

登拝の際、どのコースを選択するかは講社によって異なりますが、大神を祀る頂上や遥拝所にはほとんど全ての講社が登拝します。また、諸神仏(大江権現、金剛童子、奥の院など)を祀る中腹では講社で祀る崇拝対象を選択して巡り、霊神を祀る山麓では講社に関係する霊神場のみ、個別的な巡礼が行われます。

御嶽山は簡単に日帰り登山できる山になりましたが、講社による登拝はこれらの信仰対象をお祈りをしながらじっくりと巡礼するため、山小屋での宿泊を含めた1泊2日乃至、2泊3日の日程で行われます。

講社は大きなものになると数百人以上にもなり、かつては山頂から麓まで信者が連なって白い帯が出来たといわれています。現在でも大きな講社になると一つの山小屋に納まり切らず、もう一つ別の山小屋へ分散して宿泊することがあります(例えば愛知県の講社で、石室山荘や覚明堂と二の池本館へ別れて宿泊するところがあります)。

しかし、近年の高齢化と共に信者人口は年々減少傾向にあり、中には山小屋まで登って来られなくなったり、いつの間にか消滅してしまうものも見られます。また、先達は世襲制である場合が多く、父から子、子から孫へ、受け継がれていくものですが、信者は先達の人徳(先達は加持祈祷、人生相談なども引き受けます)を慕って集まってくるため、代替わりを機会に分裂するケースも多数見られます。

最小単位は家族や身内、師弟関係であり、2~5人で登拝に訪れます。山小屋の電話予約で「○○教会ですが、2人お願いします」と言われた時は(二人なのに教会なの?)と内心で思ったりもしましたが、今ではわずか二人でも毎年お参りに来るという信仰心に感銘するようになりました。米寿(88歳)のおばあさんが身内に手を取られながら8時間以上かけて頂上まで登拝した姿は感動的でした。


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